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映画『永い言い訳』 妻が死んでも泣けないアラフィフ男の本音と建前

映画『永い言い訳』

永い言い訳

妻が死んだ。
これっぽっちも泣けなかった。
そこから愛しはじめた。

イントロダクション

妻を亡くした男と、母を亡くした子供たち。
その不思議な出会いから、
「あたらしい家族」の物語が動きはじめる。

『おくりびと』以来7年ぶりに主人公・幸夫を演じるのは、『日本のいちばん長い日』で昭和天皇役が高評価だった本木雅弘。
今回はタレント小説家を見事に演じてみせた、時にはチャーミングで時には憎々しく。
主人公・幸夫の亡くなった妻と共に死んだ親友の夫・陽一にはミュージシャンの竹原ピストルを抜擢。
幸夫の妻には深津絵里、幸夫の愛人役には黒木華、さらに池松壮亮、山田真歩などが共演。

原作・脚本・監督は『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』とオリジナル脚本で勝負し、本作の原作では直木賞候補となった西川美和監督。

永い言い訳

アラフィフ男の本音と建前が交差する

有名作家の妻が死んだ、その時、その夫は若い女性と不倫をしていた。

西川美和監督の最新作、映画『ゆれる』が衝撃的で、『ディア・ドクター』も本当に好きで、次はどんな作品を見せてくれるのだろうか?と期待していた。
その西川監督が、それまでは完璧なものが壊れていって、そこに隠されていた人間の本性が露わとなる怖さが詰まっていたが、この作品では西川監督本人がインタビューで「その後を描いている」と言うように、壊れてしまった夫婦関係が妻の「死によって再生」していく、という物語。

西川監督は、この作品を作るにあたってそのアイディアを、3.11の震災を目の前にした時に、死に別れた家族や友人とどういう別れ方をしたか?それを描きたかったとも言っている。
そこには人それぞれの別れがあった筈、朝食を食べながら喧嘩してそのまま別れた家族もいるかもしれない、口も聞かずに出かけた子供との別れが有ったかもしれない、人の死はある日突然訪れる

無名の作家時代を支えてくれた妻、いつの間にか妻がいるのが当たり前になり、作家として有名になり、お金もあり女性も近づいてくる。
50も近づき、自分の才能も枯渇してきてるのかもしれない、実は何も思い通りにならない自分がそこにはいる。
その隙間を埋めるために、若い女性と身体を重ねる主人公、そんなタイミングに妻が事故死する。
主人公の本音は「自分は何も悪くないのに、妻が死んでしまった」と言う思い。

周りからは「大変でしたね」と言われ、それを演じなくてはと思う主人公。
彼は、他人(妻の親友)の子供たちの世話を始める、子供たちとのやり取りが微笑ましく、またその子供たちが可愛い、特に可笑しく苦労もする、幸夫は自然に癒やされていき世間の喧騒から一時離れることができる、が、自分の子持ちのマネージャー(池松壮亮)から
「子育ては男の免罪符ですから。自分がイヤな、ダメなヤツってことを帳消しにしてくれる逃げ場ですから」
と言われてしまう。

主人公の本音は「自分が好き」で誰も愛したことがない。

永い言い訳

失った愛を取り戻す

作家を諦めかけていた時に、自分を励まし、金銭的にも支えてくれた妻。
でも実際には、自分が有名になったことで少しずつ、彼女に対する思いが変わっていく。

実際、何が変わったと言う訳ではなく、そこは時間が過ぎていくと言うことなんだと思う。

妻の死によって失った愛、そして愛人からも捨てられていく。
子供と接するうちに、妻の死にいつまでもグズグズと泣き崩れる男と接するうちに、自分は誰かを本当に愛せていたのだろうか?と感じ始める。
そして、愛を取り戻す、寸前でいつも主人公の手からこぼれ落ちていく。

ラスト、妻の写った写真を見て本当の妻の気持ちを知ることで、主人公は一歩、再生へと歩み始める。

夫婦ってなに?愛ってなに?そんなことを思い始めた人には考えさせる何かがここにあります、今年一番のオススメ作品。
渇いた心を少し癒やしてくれる映画、それってやっぱり貴重だと思う。

永い言い訳

私的『永い言い訳』ネタバレあり

① テーマが有るか?共感できるか?

不倫に対する見る人のスタンスで、この作品の解釈が変わってくると思う。

不倫は絶対に駄目!と思っている人にとっては、主人公が情けなく、赦せない存在で、ラストに妻の本心を知って愛に向かって一歩歩み始める姿に映る。

夫婦の愛がなくなったとしても、世間体や面倒くさいと言うことで別れずに不倫に走る男、それってあるよね、と思ってしまった人にとっては、「こんな俺でも妻は俺のことを愛してくれてたんだ」と思い、自己中心的な自分愛に自信を取り戻す。

不倫が良いと言う訳ではないが、私は後者だと思ってこの作品を見た。
"長い"ではなく"永い"と言う死ぬまで自分のことを言い訳し続ける主人公

それはある意味、アラフィフになり、自分の実力の限界も判り、人生と夢とのギャップで自分が何者にもなれなかったことに気付き始める、その心の隙間を埋めるのは「自分を愛する」ことかもしれない、そんな風に感じる。

② 作り手の強い意思を感じるか?

西川美和監督が、自ら原作本を書き、それを脚本・演出した作品。
図らずも、今年、西川監督の師匠・是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』も、アラフィフ男の情けなさを描いていて、主人公が同じ作家でもある、そして子供も出てくる点も共通している。

それまで問題提起をしてきた西川監督が、一歩踏み出して、その人間の本質に右往左往する人々を描いたところに、そして今のアラフィフの姿を描いていた点がとても良かった。

③ 俳優の意思や演技力が伝わるか?

この作品の番宣で、久々によく本木雅弘がテレビに出ていたが、過去作品より彼本人に近いのでは?感じさせる。
もちろん彼が実生活で不倫をしてるっぽいとかではなく、どこか飄々としていて、どこかに熱いものを持っていて、そんな感じが主人公とダブる、だからこそなのか、情けなさが板についてるし、そして納得させられる。
本木雅弘自身が「幸夫の方が(僕より)清いんですよ」と言ってるところが面白い。

竹原ピストルの妻の死に、いつまでも泣いているトラック野郎と言う役どころが良かった、演技が新鮮で良かった点と、世間で持てはやされたビッグダディと似ているところを感じて、素直な人間性っぽい気もするが、本当は人生(この作品では子育て)から逃げている男の姿が、また良かった。

深津絵里が登場するシーンは少ないがその美しさが素晴らしい、そしてやはり写真での登場の存在が凄い。
二人の子供たちも掘り出しもの。
池松壮亮は、いつもこんな斜に構えた、妙に説得力がある、そしてズルい感じの男が似合ってしまう。

黒木華が、初めて?濡れ場に挑戦、昭和顔と本人が言っていたが、岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』から少しずつ変わってきて、この作品では色っぽかった!新しい発見であり、彼女はどこまで色んな顔を見せてくれるのか、本当に楽しみな女優。

永い言い訳

④ 映画らしい楽しさが備わっているか?

今回、16ミリフィルムでの撮影と言うちょっと特殊な画作りをしている。
ずっとボヤッとしたザラツイた映像が続く。
きっと、自分を愛してやまない主人公の行き先の判らない人生そのもの、ボヤッとしたものとリンクしている。

今回、子役を上手く使いつつ、親の本音、子供の本音が垣間見える。
「子供なんかいなかったら・・・」と、でも一方で本当に子供を愛している、矛盾・・・やっぱりこれは映画で表現するべきことだと思う。

⑤ エンターテインメント性

冒頭の妻の死、以外に何も取り立てて事件はない、それでも、人の本性がそこかしこに垣間見え、そして赦しが差し込まれていく。
なにも事件はないのに、複雑に話が絡み合い、そして物語は起伏を持ってラストに続く。

最大のサスペンスは「自分は妻に愛されていたのだろうか?」と自分勝手な男の謎解きが縦軸にしっかり柱がある。

⑥ 演出が素晴らしいか?

是枝監督に師事して、ということで非常に演出が似ている。
そして、西川監督の好きな作品の影響も大きいと思う。

説明的なセリフやシーン(キャラクターの動作)をできるだけ排した画作りをしてくる。
タクシーの鏡で髪型を直すところは象徴的。

今回は、是枝監督並に子供も演出できることが判った(笑)

⑦ 脚本が素晴らしいか?

原作・脚本と監督が一緒、完全なオリジナルと言うこと。

縦に一本「愛される自分」があって、妻を失った家族や愛人、出版社に振り回されながら、本音を撒き散らす主人公の姿が滑稽でもあり、真実でもある。
女性がこれだけ男の本音の部分を描けるのか?そんなに冷静に男を見てるのか?とちょっと西川監督の頭の中を覗いてみたくなる

⑧何度も見たくなるか?

2016年も残り数ヶ月、日本のアラフィフ男性は疲れ果てている、そんな作品が数多く出てきたが、一番、男の本音が表現されていて面白かった。
そこに家族や妻への愛、と言うものを考えさせるものがあった。
映画としての完成度やストーリーの面白さ、今の自分を見つめ直す機会に見たい作品。

映画『永い言い訳』のデータ

永い言い訳

原作・脚本・監督■西川美和
撮影■山崎裕
出演■本木雅弘/竹原ピストル/藤田健心/白鳥玉季/堀内敬子/池松壮亮/黒木華/山田真歩/深津絵里
公開日■2016年10月14日

公式サイトはこちら

【ストーリー】
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(きぬがささちお)は、妻が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。
その時不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。

そんなある日、妻の親友の遺族―トラック運転手の夫・陽一とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出る。
保育園に通う灯(あかり)と、妹の世話のため中学受験を諦めようとしていた兄の真平。
子どもを持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝き出すのだが・・・
(C) 2016 「永い言い訳」製作委員会 PG-12

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