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映画『奇跡の海』 キリスト教とセックスの関係についての妄想的考察

映画『奇跡の海』 BREAKING THE WAVES

宗教を無垢に信じる恐怖

なんて怖い映画なのだろう~、それが第一印象。
信仰の描き方がベルイマン的である。

観ていてまず気付くのが、ハンディのキャメラで撮った映像。
常に上下に揺れていたり、画面がピンボケしたりする。
編集も面白い、主人公ベスから他の登場人物にキャメラが移動する時は、そのまま映像を繋ぐが、他の人からベスにキャメラが移動する時は、途中でカットしてスパッと切り替わる。

全体として映像が寒々として冷たい印象がする。
それは、そこに写されるスコットランドの風景なのかもしれない(個人的には、デビッド・リーンの『ライアンの娘』のアイルランドを想像した)。
ベルイマンのスウェーデン等の北欧のそれに近い雰囲気が感じられる(監督さんがデンマークの人ですね...)。
そう言ったインパクトの有る映像と共に、出だしは俗物的なドラマが展開されるかのように始まる。

しかし、この作品のテーマは、ラストのシーンが示すように“神の啓示”に有る。
そのテーマにぐいぐい引き込まれていく。

怖いというのは、大きく2つの点に関して。
プロテスタントの非常に厳格な宗派(実際の宗派は私には判らないが)の中で、その人間の取る行動の恐ろしさ。
主人公のベスは、その中で純粋培養された人間。
この町に住む人々の宗教観には神の不在を感じずにはいられない。
そこには形骸化した、伝統しか感じられない。
神は主人公ベスに啓示を与えるが、それはラストまで、狂気なのか啓示なのか、判らない。
しかしあれが啓示だとすれば、彼女を生んだこの街の、この戒律や宗教観の肯定になるような気がしてならない。

確かに主人公のベスは、その純粋さの上、教会の戒律に背き、破門され“(神を愛することは出来ても、神の)言葉(だけ)を愛することは出来ない!”と叫ぶが。
ベスが娼婦になり、教会から破門になり精神病院に送られそうになるが、脱走して自分の街、自分の実家に戻るシーンが有る。
しかし街の子供達は、ベスに石を投げつける。
追いかけては来ては投げつける。
キリストの教えに、隣人を愛せって有るのに...。

この街の人々の宗教観が生み出した、伝統や習慣(のようなもの)には恐ろしいものを感じるが、これが絵空事ではないのは、(日本の)オウム(真理教)等を見れば判ること。
宗教とはある種の洗脳も有るのだから...

もう一点のこの映画の恐ろしさ...主人公ベス。
彼女を純真な女性と感じるか?それても知能の低い人間と捉えるか?は有るが、彼女はこの街の宗教観の中で純粋培養されてきた女性。
結婚によって、男性との初めての行為におよび、その喜びを知る。
しかし、その後の行動と言ったら、私の目からは常軌を逸しているとしか言えないもの。
キリスト教って人に与えることでしょ?と言いたくなるような場面が続く。
愛するものから何でも奪い取ろうとする。
また純粋上の事なのか?神の言葉を自分で作り上げて語り出す。
愛をせがむ表情や自分の望みが受け入れられず叫び泣く姿は、私にはどうしても怖く写る。
彼女の笑いの表情には、何かに取り憑かれたものを感じるのは私だけだろうか?

主人公ベスの夫は、下半身不随になる怪我をするが、ベスの死と共に歩けるようになっている。
しかもなんの前触れもなく、突然に!そして鐘が鳴る。
全て神の“啓示”なのだろうか? セックスレスになった男性のセックスを感じたいがために、妻に他の男との関係を求める、極限の愛の形と言うより、神との関わりを描いた作品として考えさせる。

でもベスと言う女性像には、嫌悪を感じずにはいられない。
決して好きな作品ではないが、凄い作品では有る!

Reviewed in 03.1999

2017年のラース・フォン・トリアー

この作品が私とラース・フォン・トリアー監督の出会い、と言っても初めて見た作品という話だけですが。
ラース・フォン・トリアー監督の初期の傑作で、実はこれが一番判りやすい作品かもしれない。

この作品はモチーフがイングマール・ベルイマン監督の『処女の泉』に近いが、主人公が死んだ後に聖人(神に祝福される)となるか、異教徒?に葬られるか、の違いがある。
このあたりが、その後のラース・フォン・トリアー監督の独特な世界観へと突き進む予感だったのかもしれないが。

ベルイマンが神と人間の関係を日常の中に描いたのに対して、ラース・フォン・トリアーは自由な発想で映像化することにチャレンジしている。
「天国」「煉獄」「地獄」を描いた『アンチクライスト』や性に縛られる女性を描いた『ニンフォマニアック』など。

カンヌ国際映画祭で色々な賞を受賞・ノミネートされていることを考えると、ヨーロッパ文化とキリスト教やその他の宗教との関係については複雑な関係で、人々の生活に影響を与えていることが判る。
宗教観とベルイマン、ラース・フォン・トリアーを考察するのは楽しそうだが、キリスト教ではない私がキリスト教について知っている知識が少なすぎるかもしれない。

主演のエミリー・ワトソンはこの作品で最高の演技をして見せて、逆にイメージがついてしまったところがある。
現在も名脇役として活躍しているイギリスの名女優。

そう言えば、主人公の夫役はステラン・スカルスガルドだったなぁ~
スウェーデン出身のスカルスガルドはそれまでも脇役として少しずつハリウッド作品にも出ていたが、この作品で一気に有名になり、その後もラース・フォン・トリアー作品に出続けている。
もちろん、ハリウッドの大作にも出続ける名脇役。

映画『奇跡の海』のデータ

BREAKING THE WAVES 158分 1996年 デンマーク
監督■ラース・フォン・トリアー
製作■ヴィベク・ウィンドレフ/ピーター・オルベク・イェンセン
脚本■ラース・フォン・トリアー
撮影■ロビー・ミューラー
美術■カール・ユリウスン
音楽■レイ・ウィリアムズ/マーク・ウォーリック
編集■アナス・レフン
衣装■マノン・ラスムッセン
製作総指揮■ラース・ヨーンソン
出演■エミリー・ワトソン/ステラン・スカースガード/カトリン・カートリッジ/ジャン=マルク・バール/ジョナサン・ハケット/エイドリアン・ローリンズ/ジョナサン・ハケット/サンドラ・ヴォー/ウド・キアー/ミケル・ゴープ/ローフ・ラガス/フィル・マッコール/サラ・グジョン

1996年アカデミー賞
主演女優賞ノミネート エミリー・ワトソン

1996年カンヌ国際映画祭
審査員特別賞授賞 ラース・フォン・トリアー

1996年N.Y.批評家協会賞
女優賞授賞 エミリー・ワトソン
監督賞授賞 ラース・フォン・トリアー
撮影賞授賞 ロビー・ミューラー

1996年L.A.批評家協会賞
ニュー・ジェネレーション賞授賞 エミリー・ワトソン

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 プロテスタント信仰が強い、70年代のスコットランドの村が舞台。
 ベスは、油田工場で働くヤンと結婚した。
 彼女は、仕事のために家に戻れない彼を愛するあまり、早く帰ってくるよう神に祈る。
 するとヤンは工場で事故にあい、願い通りに早く戻ってきた。
 だが回復しても寝たきりの上に、不能になっていた・・・。
 やがてヤンは、妻を愛する気持ちから他の男と寝るよう勧め、ベスもまた、夫を愛するがゆえに男たちを誘惑してゆく。

 映像派ラース・フォン・トリアー監督は、1996年カンヌ国際映画祭で大絶賛されグランプリを受賞、この作品がデビュー作となる、主人公ベスを演じたイギリス人女優、エミリー・ワトソンは、アカデミー賞主演女優賞にノミネート。
 全8章、2時間38分からなる、濃密な愛の物語。 <allcinema

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